はいチーズ!

「兄貴はもう決めたの?」
「まあね」
 小湊家は携帯を買いに来ていた。亮介の高校進学祝いは勿論、兄と連絡するときの為に春市も買ってもらえるらしい。春市は悩んだ挙げ句亮介と色違いの携帯になった。流石兄弟。
「クスッ、俺の真似した?」
 亮介は弟をからかう。春市は顔を真っ赤にさせながら否定した。中学生になっても兄には勝てない。他の兄弟は立場逆転や兄弟喧嘩は日常茶飯事というところもあるが、小湊兄弟にそんなことはなかった。強いて言えば、幼い頃春市が一方的にだだをこねたことだろうか。
 両親は軽く注意しつつ二人の息子を見守る。進路のことで一時揉めていたが、亮介の気持ちを汲み取り青道高校に進学させることを決めた。数年後、兄の後を追うように春市は青道高校に入学する。

 * * *

「春っち、誰にメールしてるんだ?」
 テスト勉強の為五号室に集まっている一年生トリオこと沢村、降谷、春市の三人は、勉強の合間雑談をしていた。金丸もいる予定だったが東条と一緒に自主練している。春市もいるから大丈夫だろうと踏んだのだ。春市も沢村の世話をしている金丸に気を使って一人で先生役をつとめる。
 沢村はすぐ練習に行きたがるし降谷は寝始めるで、春市はここは幼稚園かと心の中で突っ込む。最も、一番勉強しなければならない人が大抵勉強から逃避している。野球部で一、二を争う馬鹿――沢村は春市が使っている携帯に目をつけた。
「え? 母さんにだよ」
「‥‥マザコン?」  降谷がぼそっと呟く。春市は赤面させながら首を降る。実際春市はマザコンではないのだが、否定の仕方だけを見れば彼がマザコンのような気がしないでもない。
 降谷は友人の意外な一面を知ったとほくほくしている。春市は降谷の誤解を解こうとメールの文章を見せた。しかし彼の誤解は解けぬままだ。そもそもメール画面を見ようともしない。
「降谷君そんな人だったんだ。勉強、もう教えなくて良い?」
「!?」
「は、春っち、これ見ろよ!」
 沢村精一杯のフォローが功を奏し、春市の機嫌は元通りになる。そもそも何ヶ月の付き合いで降谷がどんな性格かをだいたい把握している。春市は本気で機嫌を損ねている訳ではなかった。
「兄貴!?」
 春市は沢村から彼の携帯を受け取る。彼はあまり見れない三年生の日常生活風景に釘付けになった。降谷もどんな写真があるのか気になり、画面を覗く。主に結城が撮影しているが、たまに他の三年生が撮影係になっている。
「先輩が撮ってるんだよ」
「降谷君、この栄純君可愛いね」
 勉強はどこへいったのやら。最後の砦であった春市も輪に入ってるからどうしようもない。三人はそれぞれの携帯をつついて遊ぶ。互いに写真を撮り騒いでいる姿は、どこかにいる女子高校生みたいだ。
「‥‥三人で撮ろう」
 降谷が呟く。代表して沢村の携帯で撮ることになった。内側にあるカメラを使って三人を画面内に映す。友人と言える人がおらず一人寂しい中学校生活を送っていた降谷は内心凄く喜んでいる。実は春市も喜んでいたり。
 はじにいる沢村と降谷が張り合うせいで、春市のスペースが窮屈になる。春市は二人に兄亮介がしているチョップをする。痛かったのか二人は大人しくなった。
「はいチーズ!」
 携帯独特のシャッター音が鳴り撮影が終わる。沢村は写真を保存し、ある問題に気づく。いつも一緒にいるせいで全く気づかなかった、というか今まで彼らには必要なかった。降谷と春市にアドレスも電話番号も教えてもらってないという事実を。
「アドレス教えてくれ!」
「赤外線あるのに。そっちの方が安上がりだよ?」
「じゃあ画像送るついでにお願いしやす!」
 そこまでアドレスにこだわる理由が分からないまま沢村に写真とアドレスを貰い、自分のアドレスを送った。降谷は赤外線機能の使い方が分からず固まっていた。カメラ機能もさっき知ったばかりの子が、そんなすぐに扱える訳がない。春市が恐る恐る聞く。
「降谷君、まさか赤外線も駄目?」
「うん‥‥」
 降谷は頷いた。春市は降谷の携帯を受け取り、自分の携帯と赤外線を始める。そんな様子が面白くて沢村はつい写真を撮る。まるで母と子みたい、沢村は写真を撮りつつそう思った。
「え、栄純君、何撮ってるの!?」
 赤外線通信を終えた春市は赤面させながら沢村に問う。沢村はニッシッシと笑いながら写真を保存した。降谷は無言で春市を撮る。まさかの伏兵は満足げに頷いてさっさと保存する。
「沢村ー、勉強してるかー‥‥」
「「「あ」」」
 様子を見に来た金丸が絶句したのは言うまでもない。なんせ春市までもがゾンビになっていたからだ。まさにゾンビ取りがゾンビになってしまった。その夜、タイヤ引きをしている一年生トリオがいたそうだ。
智美
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