エースの天敵

 学年末テストまで後一週間。テストの中でも一番大切なテストだ。例え今までが悪くても、ここで良い点数を取ったら留年は避けることができる。――と、兄貴が言っていた。
「小湊、昼食後職員室に来い」
「分かりました」
 朝のSHR後、俺は先生に声をかけられた。この時期といえば、真っ先に思い浮かぶのは授業中殆ど先生の話を聞かず机と仲良くしている彼しかいない。注意したらつーんとされる。
 俺は前の席にいる彼を見て溜息をつく。多分テスト前日にならないと焦らない。むしろテスト当日になっても焦らない。彼の中には留年という概念がないのだろうか。
「(金丸君も大変だね)」
 授業の準備をしながら、心の中で栄純君と同じクラスの彼に合掌する。栄純君のお守り役も大変だ。楽しいから許すけどね。栄純君、からかったときも楽しいよ。
「‥‥次、何?」
「保健だよ。降谷君、テスト大丈夫?」
「‥‥‥‥」
 あ、つーんした。追試になるのはもう懲り懲りだろうに。そこまでして栄純君とエース(という名の馬鹿)を争いたいのかな。俺は意地の悪い笑みを浮かべ降谷君に告げる。
「なら俺知ーらない」
 降谷君はハッとして首を振った。本当、降谷君も栄純君並に分かりやすい性格をしてるんだから。
「だって大丈夫なんでしょ?」
 終いには机に突っ伏す。俺はいつもより大きめの溜息をつき、絶望しているだろう凄腕ピッチャーにエールを送る。
「嘘だよ。ちゃんと教えるから一緒に頑張ろう」
「じーん‥‥」
 顔を見なくても大方予想はつく。そのときチャイムが鳴り、授業の始まりを告げた。先生がいつものように少し遅れてやって来る。

 * * *

 昼食後、約束通り職員室に足を運ぶ。いつもより気持ち早めに昼食を平らげ、まだ食べている栄純君と降谷君を置いて教室を出た。今日は二人共大人しいから安心して離れれる。
「失礼します」
「早速だが小湊、降谷のことなんだが‥‥、」
 先生も先生だ。直接彼に伝えることを諦めて、降谷君と一番関わっている俺に頼む。たった数回の失敗で諦めるなんて同じ男として情けない。
「分かっています」
 先生の長話が始まらないうちに話を切る。先生は感心したように頷いた。わざわざこんなところに呼び出す時間があったら、SHR後降谷君に直接伝えれば良いのに。
「いやぁ、小湊は話が早くてありがたい」
「そんな‥‥。これで失礼します」
 苦笑に近い愛想笑いを浮かべ俺は職員室から出た。降谷君は確かに掴み所の分からない人だけど、ちゃんと話せば話ぐらい聞いてくれる‥‥と思う。骨の折れる作業なのは否定できないけどね。
「あれ、二人共?」
 栄純君がニヤニヤしている。‥‥栄純君、俺何もしてないから。授業はきちんと受けてノートもちゃんと取っているし、提出物だって忘れたことはない。
「春っちも俺らの仲間入りかー」
 栄純君は俺の肩を叩く。心なしか降谷君の顔も綻んで見える。二人共、残念だったね。俺はさりげなく栄純君から離れた。‥‥折角だからこの場で言っておこう。
「栄純君、降谷君、学年末テスト頑張ろうね」
「「‥‥つーん」」
智美
inserted by FC2 system