決戦は雨の日に

「お願いします!」
 寒い日が続く冬の季節、体育館に大きな挨拶の声が響いた。
 この日はたまたま気温が上がり、雪ではなく雨が降る。持久走だった体育はやむなく体育館での授業になった。持久走が終わり少し前から体育館を使い始めた女子は、自分たちが活動出来るスペースが狭くなったことに不満を持つ。
「今日はバスケをするぞー。チームは‥‥――」
 体育は二クラスが一緒になり、男女は別になる。体育の組み合わせは、沢村のクラスと降谷や春市のクラスになっている。
 それぞれ好きなようにチーム分けの意見を述べた。沢村たち三人はそれに参加せず、三人で好きなように話をしている。
「春っちには負けたくねえ!!」
「あはは‥‥。でも五分五分だよ?」
「ぼ、僕は‥‥」
 なんだかんだで盛り上がっている間にチームは決まってしまった。春市と降谷は同じチームになる。
 先程沢村から名前が挙がらなかった降谷は、呆然とその場に立ち尽くす。地味にショックだったらしい。
「降谷ー!」
 沢村から声がかかり、漸く動き始めた。降谷の野球以外のスポーツセンスのなさは折り紙付きだ。そして、勉強できないのは沢村と共に折り紙付きだ。

 * * *

「降谷君っ」
 春市は降谷にパスを回した。後悔するも後の祭り。降谷は見事にボールを見過ごす。その隙を狙って沢村はボールを取った。
 何度も経験済みなので誰も責めない。もし責めるとしたら沢村ぐらいだろう。沢村は相手チームなので、逆に今は降谷に感謝している。
「おいしょー!」
 掛け声と共に、ボールはバスケットに吸い込まれていく。勉強は赤点ギリギリだが、その分スポーツはなんでもできる。
 春市がボールを受け取り、試合は続く。今度は春市の逆襲が始まった。同じチームの人から再びボールを受け取ると、バスケットに向かって走る。
 もともと足は速い方なので、すぐにバスケット下に辿り着いた。そして華麗にシュートする。たまたま近くにいた降谷は、相変わらず眠たそうな表情で試合に参加している。
 体育の先生は野球以外のスポーツもせめて人並みに上手くなってほしいと思ってきたが、降谷には無理な要求だった。ただ、確実に野球の腕は磨かれている。
「(‥‥速い)」
 降谷は二人の攻防戦を見学していた。沢村と春市が熱くなり過ぎて、最早二人のゲームになっている。
 ネットの向こう側の女子では、イケメン男子二人組が接戦を繰り広げていると聞きかなりの人数がただの見学者になっていた。先生までもがちゃっかり見学している。
「やるね、栄純君」
「春っちもな!」
 チームの人も時々は応戦する。だがメインは沢村と春市だった。二人は楽しそうに、思いっ切りゲームを楽しむ。
 ここ最近体育は持久走だったので、久々に別のことができて余程嬉しいのかもしれない。そしてあっという間にゲームは終わりを告げる。先生は、名残惜しそうに終了の合図である笛を鳴らした。
 最終的に勝ったのは沢村のチームだった。二人は少しだけ息を切らしている。見学していた女子は、自分たちのすべきことへと徐々に戻っていく。
 一体どこにそんな体力があるのか。過酷な野球部の練習を知る誰もが目を見張る。いつも元気いっぱいの沢村は兎も角、春市に関してはあの小柄な体型のどこにそんな体力があるのか疑問に思う者も少なくない。
「‥‥お疲れ様」
「お疲れ様、降谷君」
「お疲れ様ー」
 次のゲームが始まる。三人は談笑しながらそれを見学していた。外で降り続いている雨は止みそうにないが、体育館の中は夏のように熱気がある。
智美
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